中学時代いじめにあっていた。

私はなにより、いじめていた人よりも見て見ぬふりをし、あざ笑うかのように見物するクラスが怖かった。





高橋優「素晴らしき日常」より

『「別にいじめたくていじめていたわけじゃないけど、やらなきゃ今度は僕がやられる気がしたんだ」 と泣きながら語る少年に全てを擦り付け、あげ足とりたがりのチャンネルが正義を語る。』




歌詞の通り、恐らく傍観者はこのような思いがあるだろう。



世界の終わり「天使と悪魔」より

『「いじめは正義だから 悪を懲らしめてやるんだぞ」そんな風に子どもに教えたのは 僕らなんだよ』



いじめ=正義 悪=いじめられる被害者

そして代々受け継がれていくいじめ・・・。


はたしていじめは”正義”なのか?”悪”は本当に存在するのか?



すべては、クラスが真実を握る。

真実を握りつぶすか手を開くかこそが最大の「天使」と「悪魔」であり、「正義」である。

実際の悪は「正義」を語りいじめを実行する「悪」だ。




この世界にいじめは本当になくなるのだろうか?


4年たった今も、私は心と戦い続ける。
深く深く負った心の傷は完治しない。


それが僕ら”いじめが正義”となり、”悪”とされた生徒たちだ。